小説

『僕らの冒険』 授業が終わった後の、塾の階段教室。 いくつかのグループになって、みんな雑談してる。 昨日のドラマの展開とか、マンガの主人公の行方だとか。 もらったプリントをカバンに詰め込むと、僕は立ち上がる。 ナエの席に近付くと、ゲーム機の画面…

『寝相』 さむッ! 冷たい空気に目を覚ますと、ちゃんと着たはずの布団がなかった。 寝る時にはいなかった姉貴が、僕のベッドの半分を占領していた。 相変わらず、すごい寝相。 どうやったら逆さまになれるんだ? 掛け布団をむりやり引き寄せて、僕はもう一…

『胸の音』 窓の外を流れる風景。 海と、堤防と、その向こうの青い空。 秋の遠足。 地元じゃ有名な観光地の海岸。 低学年の頃から毎年のように来てる。 今さら、わくわくすることなんてない。 バスの中はカラオケボックス状態。 誰かが次々に曲を入れる。 合…

『君への距離』 携帯を拾った。 学校の下駄箱。 幾何学模様のタイルの上。 見覚えのある携帯だった。 少し迷ってから、開いてみる。 何だか可愛いメールが届いてる。 ラブラブだな〜。 彼氏からかな、これ。 ん? チサ? これ、チサの携帯なの!? ていうか…

『約束』 カーテンが開かれる。 朝日が部屋を満たして、俺は片方ずつ目を開く。 「おはよ!」 白い光の中。 早野はいつもの笑顔を見せた。 薄い桃色の制服。 検温用の体温計を枕元に置くと、 「ごはん、もう少し待ってね」 そう言って病室を出て行った。 俺…

『一時半』 探偵が、本を探して世界中を旅する。 悪魔が行く先々で邪魔をする。 精神的に追い詰めていく。 森の中に佇む古びた屋敷。 美しい庭の苔むした濠。 玄関を入ると、見上げるような螺旋の階段。 部屋いっぱいに広げられた、複雑な模様の絨毯。 無造…

『帰り道』 アスファルトの上の小石を蹴る。 転がって、用水路にぽちゃんと落ちる。 学校からの帰り道。 みんなから少し離れて、僕はゆっくりと歩く。 小石の残した小さな波紋。 すぐに広がって見えなくなる。 「―――!!」 いきなり後頭部に衝撃を喰らった。…

『星座の名前』 たんぼの中の一本道。 私は濡れた地面をよけながら歩く。 「あれは?」 マコトが夜空を指差す。 「えーと、はくちょう座かな」 私は、先生が教えてくれた星座の名を答える。 「じゃあ、あれ」 「えっと、さそり座?」 首をかしげた瞬間、つま…

『小さな手』 フローリングを彩る、夕方の日差し。 肌に冷たい風。 ベッドの上でシホが寝返りを打つ。 私は読んでいた本から目を上げた。 「さ、さむいぃ……」 「起きたか」 立ち上がって窓を閉める。 シホが布団から顔をのぞかせた。 「怖い夢、見た……」 「…

『僕の影』 帰りの駅。 僕は君と並んで電車を待つ。 夕暮れのホームに人影はまばら。 帰宅部にしては遅すぎるけど、部活をやってるなら帰るにはまだ早い。 周囲の目を気にせず話せるこの時間帯が、僕は気に入っていた。 新学期も今まで通り平凡で、話題とい…

『ズル休み』 「うぅ、頭痛い……」 鼻をすんすん言わせながら、チトセがパジャマ姿で降りてきた。 顔を両手で挟んで、指先はこめかみ。 「どした?」 明るいダイニング。 私は朝食のお味噌汁を傾けながら、声を掛ける。 「風邪――、かも」 涙目で訴える。 頬を…

『夜会』 夜の学校。 第二校舎の外階段。 出るっていうウワサ。 僕はタキと一緒に校門を乗り越えた。 「早く来いよ」 タキが前に立ち、校舎に向かう。 表玄関を通り過ぎ、体育館の脇を抜ける。 僕たちは静かにウワサの階段を登り始めた。 五月に、外階段から…

『かくれんぼ』 「もういいかーい?」 涼しい風。 葉擦れの音。 「もおいいかぁあい!!」 鳥の羽音。 俺の声が周りの木に反響する。 返事はない。 たぶん、いいんだろう。 俺は目に押し付けていた腕を離すと、ハナを探すために振り向いた。 「どこいったー…

『ニアミス』 「じゃあ、終わりだね」 キサからのメール。 携帯を閉じる。 俺は製図台の前で、ひとつため息をついた。 書きかけの平面図を見下ろす。 ほころびを見つけようとしたが、どこにも問題はなかった。 ただ幼なじみだからなんて理由で、うまくは付き…

『メイク』 いつからだろう? 私が、姉のメイクをするようになったのは。 小学校高学年の時には、もう興味を抱いていた気がする。 だんだんエスカレートし、髪を切ったり、化粧を手伝うようになった。 去年、美容師の専門学校に入学した。 姉は私を信頼して…

『鳴らない携帯』 「じゃあ、終わりだね」 最後のメール。 私は雑踏の中、送信ボタンを押した。 ――送信完了しました 数秒後、待受画面に切り替わる。 私はそのまま携帯を見つめた。 駅に通じる坂道。 居酒屋の入り口。 たくさんの人が、私の前を通り過ぎる。…

『ネコ』 家の居間。 私は、ソファに横になっている。 妹が自分の部屋から降りてきて、冷蔵庫を開ける。 「チィ!」 「あ、はい!」 妹が返事をする。 「よしよし〜」 私は腕の中のネコを撫でる。 妹が泣きそうな顔になる。 「あはははは!」 妹は黙って、自…

『持久走』 グレーの空。 砂の舞う校庭。 四時間目の体育。 マラソン大会を見据えた持久走。 僕は走っている池田を見守る。 『走る』というより、『泳ぐ』くらいの速度。 二つに結んだ髪。 薄い胸が上下する。 細い腕が力なく垂れている。 途切れそうな息遣…

『光』 暗闇の中。 ぼんやりとした光が見える。 私はそれを目印にして、君との距離を推測する。 郊外の大学。 研究室の窓を開けると、闇に染まる緑の先に、いくつかの明かりが見える。 学生寮の窓。 私はその光をひとつひとつ目で追っていく。 夜の風が、煙…

『傷』 君は私を、窓際に立たせる。 二人きりの部屋。 窓は大きく開いていて、少し肌寒い。 夕日に背を向けて、私は一枚ずつ着ている物を足下に落とす。 君はその動きを、息を止めて見ている。 「全部、覚えてたい」 「……綺麗じゃないよ?」 「綺麗だよ」 私…

『夕焼けの海』 海沿いの帰り道。 僕はランドセルを脇に置いて、防波堤に座っていた。 沈む太陽が、赤い光で空を染める。 水面が金色に反射する。 「夕焼け――」 誰かの声に、僕は振り向く。 制服の女の子がすぐ後ろに立っていた。 「綺麗だよね」 「う、うん…

『彼女の指輪』 噴水を見下ろすガーデンテラス。 調整された気温と湿った空気は、まるで高級な病室のようだ。 彼は涙を流しながら、私に感謝の言葉を伝える。 私はテーブルの上で手を組み、顔を苦痛に歪ませて、あの時の状況を伝える。 私の薬指の指輪。 彼…

『デフォルト』 ノックの音。 騒がしい声。 「先生、レポート提出に来ました」 数人の女の子が、研究室に入ってくる。 その人はキーボードを打つ手を止めると、不機嫌な顔を上げた。 女の子たちを見た途端、柔和な表情になる。 「ん? ああ、レポートね。 今…

『月の光』 月の光。 闇に浮かぶ、重なり合う死んだ車。 型落ちのカブリオレ。 破れた幌が、透けて見える。 海に面した廃棄車両置き場。 私は、岸壁の錆びた手摺りに近付いた。 月明かりを反射して、水面がきらきらと光る。 静かな風。 潮の香りが鼻をつく。…

『逆転』 街を見下ろす丘の上。 大きな木の根元。 日差しは強いけど、木陰に吹く風は涼しい。 私は読み終えた本を脇に置いた。 「お茶ぁ……」 頭上からの声。 見上げると、チカが太い枝にまたがって手を差し出していた。 私は水筒の蓋を取ると、コップの上で…

『夏祭り』 裸電球。 暑い空気。 人ごみに、騒がしい声。 屋台からの匂い。 たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴。 「ここのいか焼き、おいしいんやで!」 君は満面の笑みで、紙で包んだ薄いお好み焼きを頬張る。 「お好み焼きちゃう! いか焼き!」 はい、いか焼…

『海と空の間』 マングローブの林を抜けると、輝くような青。 視界いっぱいの、海と空。 砂浜にナミの足跡。 水着の背中。 波打ち際に走っていく。 私と弟は、その後を追う。 澄んだ水が肌に冷たい。 ナミは浅瀬にしゃがんで、手で水をすくいながら言う。 「…

『向日葵』 夏の朝。 向日葵の花束を持って、僕は電車に乗る。 窓際の席に座り、窓を開けて外を眺める。 濃い緑の山並み。 日差しを照り返す、高速道路のアスファルト。 時折見える、青い水平線。 強い風が、僕の前髪を跳ね上げる。 重い向日葵の花を揺らす…

『付き合うとか付き合わないとか』 窓から、常夜灯の光が差し込む。 狭い布団部屋。 動かない空気に肌が汗ばむ。 リサとユッコは、テレビの話をしている。 僕はコウと学校の話で笑い合う。 「好きな子できたか?」 「いないよ」 僕は即答する。 「えー、そう…

『弱点』 ロフトへと続く、急な階段を登る。 チトセが背中を向けて、あぐらをかいていた。 一心不乱にジグゾーパズルを組み立てている。 私が登ってきた事にも気が付かない。 天窓からの日差しが、チトセの上に落ちている。 冷房の届かないこのロフトは、そ…