『君への距離』


 携帯を拾った。
 学校の下駄箱。
 幾何学模様のタイルの上。
 見覚えのある携帯だった。
 少し迷ってから、開いてみる。
 何だか可愛いメールが届いてる。
 ラブラブだな〜。
 彼氏からかな、これ。
 ん? チサ?
 これ、チサの携帯なの!?
 ていうか、じゃあこの差出人……。
 友永――って、あの軽薄な!?
 あの男、今は部活の後輩と付き合ってたはず。
 そういえばチサ、前から気になるとか言ってたっけ……。
 私のチサを騙すなんて、あの男ぉ〜!
 バラしてやろうか。
 あ、でもチサが悲しむのはヤだな……。
 う〜! でも壊したい!
 携帯をギュッと握り締めた。
「どうしたの?」
 いきなり背後から話しかけられた。
「うぁ!? チ、チサ!」
「泣きそうな顔してるよ?」
「え……?」
 玄関のガラスに映った自分の顔。
 本当だ。
 私は顔を伏せて、携帯をチサに突き出した。
「落ちてた」
「え!? あああ!」
 チサは私の手から奪うように携帯を取ると、胸に抱きしめた。
「――み、見た?」
「見てない」
「ほんと?」
「友永からのメールなんて、見てないよ」
 チサの顔が真っ赤に染まった。
「バ、バカぁ!」
 手を振り上げる。
 弱々しいこぶしで私を叩く。
 これが、私のチサに近付ける距離の限界。
「あははは!」
 頭をかばいながら、私は笑ってみる。
 ガラスに映った私の顔。
 やっぱり泣きそうだった。


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