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『デフォルト』
ノックの音。
騒がしい声。
「先生、レポート提出に来ました」
数人の女の子が、研究室に入ってくる。
その人はキーボードを打つ手を止めると、不機嫌な顔を上げた。
女の子たちを見た途端、柔和な表情になる。
「ん? ああ、レポートね。
今見るわ。ちょうだい」
椅子に座ったまま、受け取った書類をパラパラとめくっていく。
白衣から出た足の先で、薄いサンダルが揺れている。
「これ、何ですか?」
一人の女の子が、デスクの上の同人誌に手を伸ばした。
小花柄のカバーがかけられていて、明らかに違和感がある。
その人の、唯一といえる趣味の品だ。
男の子同士の濃密な絡みが描かれている。
「あ――、あああ!
これは、次の研究の資料なのよ!」
さっと引き寄せると、書類で隠した。
先生、慌てすぎだから。
それにそのいい訳、無理があります。
「なんかカッコいいですねー」
女の子たちは少し話をすると、レポートを残して研究室から出て行った。
その人は息を吐き出すと、椅子の背もたれに身体を預ける。
「何だか疲れた。コーヒーをくれ」
眼鏡を外し、シンプルなデザインのマグカップを私に差し出す。
「なんで二人の時は、そんなに愛想がないんですか?」
「馬鹿者。これがデフォルトだ」
ん?
それって、そういう事――なのか?
私は何故か嬉しくなって、差し出された手を握ってみる。
「は、はなせ! 馬鹿者!」
怒るその人の手からマグカップを受け取ると、私は笑顔で立ち上がった。
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