『月の光』


 月の光。
 闇に浮かぶ、重なり合う死んだ車。
 型落ちのカブリオレ
 破れた幌が、透けて見える。
 海に面した廃棄車両置き場。
 私は、岸壁の錆びた手摺りに近付いた。
 月明かりを反射して、水面がきらきらと光る。
 静かな風。
 潮の香りが鼻をつく。
 頭の後ろに手を回すと、一息に髪留めを外した。
 重い髪が背中に広がる。
 前に流すと、胸の下まで届いていた。
 私はあなたの言葉を思い出す。
「早く彼氏、見つけなよ」
 待っていた私に、あなたは一言そう言った。
 私の目は見てくれなかった。
 あれだけ一緒に居たのに。
 私の髪を、肌を、好きだと言ってくれたのに。
 指先の感触が、まだ残っているのに――。
 月明かりに刃をかざす。
 硬質な光が、私の目を射る。
 私は左手で髪を梳く。
 肩のところで束ねて握る。
 刃を当てる。
 手が震えた。
「死んじゃえばいい」
 切り落とした。


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