『彼女の指輪』


 噴水を見下ろすガーデンテラス。
 調整された気温と湿った空気は、まるで高級な病室のようだ。
 彼は涙を流しながら、私に感謝の言葉を伝える。
 私はテーブルの上で手を組み、顔を苦痛に歪ませて、あの時の状況を伝える。
 私の薬指の指輪。
 彼は気付かない。


 先日、親友が死んだ。
 私が彼女の部屋で死体を見つけた。
 薬物による自殺だった。
 身体は綺麗なものだった。
 胸に手を置き、ベッドに横たわっていた。
 私は遺書を指先でつまむと、ポケットに入れた。
 そして彼女の薬指に手を伸ばした。


 私の言葉の威力は予想以上だった。
 積み重ねてきた仕掛けが、これ程彼女を追い詰めていたとは。
 自分でも信じがたい程だった。
 彼女は悔し涙を流しながら、私に感謝の言葉を伝えた。
 そして、その場にいない恋人に、呪詛の言葉を呟いた。


 親友の婚約者は、涙を流しながら自分を責める。
 私も涙を流しながら、彼に慰めの言葉をかける。
 あなたは悪くないと繰り返す。
 テーブルの上。
 私の薬指の指輪。
 彼はいつか気付くのだろうか?
 私の殺意に。
 私の、彼に対する想いに――。


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