『夕焼けの海』


 海沿いの帰り道。
 僕はランドセルを脇に置いて、防波堤に座っていた。
 沈む太陽が、赤い光で空を染める。
 水面が金色に反射する。
「夕焼け――」
 誰かの声に、僕は振り向く。
 制服の女の子がすぐ後ろに立っていた。
「綺麗だよね」
「う、うん」
 僕は慌てて、海に目を戻す。
 夕日は海面に溶けるように、ゆっくりと沈んでいく。
 帰り道に何度かすれ違ったことのある、女の子だった。
 近くの中学校の制服。
 ひとつかふたつ、年上かな?
「夕焼け、好きなの?」
「……うん」
「そっか」
 そういうと女の子は、僕の座ってる塀に身体をもたせかけた。
 制服の裾が僕の手に触れる。
「私も、好きなんだ」
 そう言って笑顔を見せた。
 湿った風が女の子の髪を揺らす。
 いくつかの波が、防波堤に当たっては砕けた。
「――帰りたくないんだ」
 気が付いたら、口にしていた。
 驚いて、それから後悔する。
「そっか……」
 沈黙。
 女の子が、僕の手に自分の手を重ねた。
「ずっと、ここにいよっか?」
 意外な言葉に顔を上げる。
 女の子は少し笑って、海に目を戻した。
 名前も知らない女の子。
 僕らは並んで夕焼けの海を見つめていた。
 このままの時間が、ずっと続けばいい――。
 僕は手の甲に体温を感じながら、夕日にそう願った。


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