■
『鳴らない携帯』
「じゃあ、終わりだね」
最後のメール。
私は雑踏の中、送信ボタンを押した。
――送信完了しました
数秒後、待受画面に切り替わる。
私はそのまま携帯を見つめた。
駅に通じる坂道。
居酒屋の入り口。
たくさんの人が、私の前を通り過ぎる。
楽しげな笑い声が遠ざかる。
……どのくらいそうしてたんだろう。
「あっつー!」
カイ君の声で私は顔を上げた。
「集中終わったからって、みんなはしゃぎ過ぎ!」
「まぁ、あの先生、出席してれば単位くれるから」
私はまた、足元に視線を落とす。
携帯は開いたままだった。
「……だいじょうぶ?」
カイ君の声。
「ん?」
「いや、泣いてたから……」
「―――!」
私は驚いて、レンズの間から目頭に触れた。
濡れてはいない。
「泣いたり、しないよ」
私は笑ってみせる。
でも今日だけはうまく笑えたかどうか、自分でもわからなかった。
そんな私を見て、カイ君が悲しげな笑顔を見せた。
――カイ君は優しい。
「ありがとう」
私はそういうと、鳴らない携帯をぱちんと閉じた。
(413文字)