『鳴らない携帯』


「じゃあ、終わりだね」
 最後のメール。
 私は雑踏の中、送信ボタンを押した。
 ――送信完了しました
 数秒後、待受画面に切り替わる。
 私はそのまま携帯を見つめた。
 駅に通じる坂道。
 居酒屋の入り口。
 たくさんの人が、私の前を通り過ぎる。
 楽しげな笑い声が遠ざかる。
 ……どのくらいそうしてたんだろう。
「あっつー!」
 カイ君の声で私は顔を上げた。
「集中終わったからって、みんなはしゃぎ過ぎ!」
「まぁ、あの先生、出席してれば単位くれるから」
 私はまた、足元に視線を落とす。
 携帯は開いたままだった。
「……だいじょうぶ?」
 カイ君の声。
「ん?」
「いや、泣いてたから……」
「―――!」
 私は驚いて、レンズの間から目頭に触れた。
 濡れてはいない。
「泣いたり、しないよ」
 私は笑ってみせる。
 でも今日だけはうまく笑えたかどうか、自分でもわからなかった。
 そんな私を見て、カイ君が悲しげな笑顔を見せた。
 ――カイ君は優しい。
「ありがとう」
 私はそういうと、鳴らない携帯をぱちんと閉じた。


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