『アキくんの思い出作り』


 奥歯がガチガチと鳴る。
 僕は両手で身体を抱く。
 さささ、寒いです、先輩。
「情けない! こんなので弱音を吐くわけ!?
 それじゃ、あたしの跡を継ぐなんてとても無理だわ!」
 いや、継ぐ気ありませんし……。
「そんな言葉は聞きたくないわ!
 ほら、さっさと泳ぐ!」
 もう十月も終わりだというのに、僕は学校のプールにいた。
 枯れ葉が浮いてます。
 風が尋常じゃなく冷たいです。
 ていうか死にます、先輩。
「アキにはまず、うちの部の部長になってもらわないと!」
 僕、格闘技なんてした事ないです。
「根性があれば何とかなる!」
 なりません。冗談ですよね?
「あたしが今まで、冗談なんて言った事あった?」
 ………。
 ダメだ、逃げよう。
 僕は先輩から離れるように、プールを泳いで渡る。
「どこに行く気!?」
 帰るんです。
「逃がすと思うの?」
 ……僕の人権も尊重して下さい。
「してるわよ!
 海とか川じゃないだけ感謝しなさい!」
 大体、先輩はこの前からおかしい。
 僕のとこにお弁当を持ってやってきたり、一年経った記念だとか言い出したり。自宅の盗撮に気付いた時はさすがに引いた。
「あたし、先に卒業しちゃうのよ!
 寂しいと思わないの!?」
 ――は?
 そんな事を不安に思ってたんですか。
 じゃあ、あの一連の奇怪な行動は……。
「お、思い出作りよ!」
 僕は水の中で眩暈を感じた。
「だってアキ、あたしなんか嫌いでしょ?
 い、いつもいじめてばっかだから……」
 ……やっぱいじめだったんですか。
 でも、僕がいつ先輩の事を嫌いだなんて言ったんです?
「アキがあたしのこと嫌いでも、あたしはそうじゃない!
 でも卒業しちゃったら生徒会長でも、先輩でもなくなる!
 そしたらアキ、あたしとは何の関係も無くなっちゃうじゃない!」
 そんなつもりはないんだけど……。
 ていうか、先輩はそれでいいんですか?
「い、いいわけないじゃない!」
 じゃあ、このままでいいんじゃないですか?
 先輩、勘違いしてるみたいですけど、僕は先輩の事好きですよ。
 一度も下僕だとか、単なる後輩だとか思った事はありません。
「な――!!」
 先輩の動きが止まった。顔が真っ赤になる。
 こんな表情、初めて見た。
 え〜っと……上がってもいいですか?
「ば、馬鹿! まだ途中でしょ!
 まだ五キロ残ってるわ!」
 本気で言ってるんですか?
 整った眉を寄せて、にらむ先輩。
 はい、冗談は言いませんよね。
 僕は泳ぎを再開する。
 願わくば、もう少し優しくして欲しいです。
「アキが頼りないからいけないのよ!
 でも、そうね。ちゃんと泳ぎ終わったら、そ、その後ならや――」
 自分の息継ぎの音。
 え?
 先輩、何か言いました?
「なな、何でもないわ!
 さっさと泳ぎなさい!」
 何故かまた赤くなってる先輩。
 僕は大事な言葉を聞き逃したような気がしたけど、もう一度聞き返す勇気が湧かず、首をかしげると、また水に顔をつけた。


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