『男の子の遊び』


 ヒカルにボールが渡った。
 走りながら膝の小さなトラップでキープし、ドリブルに移る。
 小学生とは思えない滑らかな動きだった。
 俺も負けずにオーバーラップし、ヒカルからパスを受け取りやすい位置に走り込む
 ――と同時に、ヒカルからの低いボール。
 俺はスピードをあげて追い付くと、思い切り右足を振り抜いた。


「惜しかったね〜」
 ヒカルがランドセルを背負ったまま、シュートするように空中を蹴ってみせた。
「ほんとごめんな」
「やめてよ! あんなのは運だよ、運」
 笑いながら俺の肩を叩く。
「僕も、もうちょっと早めにパス出せば良かった」
 いつものサッカーの話。
 俺らは駅前で手を振ると別れた。
 ちょっと歩いてから、やっぱりトイレに行きたくなって、俺は駅まで走って戻る。
 落ち着いてから出てくると、ヒカルとばったり鉢合わせした。
「……お前、なんで女子トイレから出てきたんだ?」
 俺は素直な疑問を口に出す。
 ヒカルは怒ったような表情で、下を向いた。
「い、いいじゃん。そんなの」
「はぁ?」
「男子トイレ、いっぱいだったんだよ!」
「俺、さっき入ったよ。すっげ空いてた」
 そう言ってからやっと、ヒカルの服装が変わっている事に気が付いた。
「お前それ……スカート?」
 ヒカルは何も言わない。
「女――だったんだ?」
 俺は本気で驚いていた。
 あの、誰もついて来れないようなドリブルをする、今日も的確なパスをくれたヒカルが……女?
「なんで――?」
 ヒカルは不機嫌そうな顔のまま、吐き捨てるように言った。
「だって、女だってわかったら、僕とは一緒に遊んでくれなくなるだろ」
 俺には何も答えられなかった。
「僕は男の子の遊びがしたいんだ。
 サッカーとか、ゲームとか、男として遊んでたいんだよ!
 でも家にいたら、女らしくしなさいとか、そんな事ばっかり言われる!
 だから――」
 ずっと怒ってるんだと思ってた表情。
 でも、ほんとは泣きそうなのをこらえてたんだってわかった。
 短いメロディが、次の電車の到着を知らせる。
 俺は短く息をつくと言った。
「――わかったよ。
 ヒカルは男。これでいいだろ?」
 不思議そうに目を上げる。
 俺を見る。
「誰にも言わないし、俺も今までどおり男として付き合う。
 それでいいか?」
 俺は無理やり笑ってみせた。
 ヒカルはまた怒ったような表情になると、黙ったまま力強く頷いた。


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