『本当の君』


 今日は座ることが出来た。
 僕はカバンから携帯ゲーム機を取り出すと、電源を入れる。
 イヤホンを着けると、車内の騒音はオープニングのテーマ曲にかき消された。
 主人公が森を抜けて新しい町に到着する頃、電車はいくつめかの駅で止まる。
 ドアが開き、ナエが乗ってきた。
 いつも通りの無表情。
 小さなトートバッグを前抱きにすると、無言で僕の隣に座る。
 バッグから紺色の携帯ゲーム機を取り出す。
 僕はゲームを中断すると、ルームを立てて待った。
「おはよう」
 ログインしてきたナエが、文字で挨拶する。
 僕も同じように挨拶を返した。
 日曜の午前中。
 塾以外の場所で会うのは初めてだった。
 イベント限定の新しいモンスターをもらうために、今日は少し遠くの街まで行く。
 ナエを誘ったのは、その場の勢い。
 テンション上がってたんだと思う。
 でも、乗ってくるナエも不思議だ。
「今日は楽しみだね」
 現実では絶対言いそうにない台詞。
 ナエの声は文字列に変わった途端、まるで別人のようになる。
 僕は思ってた事を聞いてみる。
「来てくれないかと思ってた」
「どうして?」
「ああいう場所は嫌いかなって」
「それは当たってるかも
 でも、誘ってくれたから」
 意外な言葉に僕は戸惑う。
 隣に座るナエをそっと見る。
 無表情なまま、じっと画面を見ている君がいた。
 本当の君はどっちなんだろう?
 でも、僕はきっと、その両方ともに惹かれている。


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