『宅配お姉さん』


 大きな段ボールの蓋を必死に開けていると、玄関のチャイムが鳴った。
「こんちわ〜住田さ〜ん!
 届け物ッス〜!」
 届け物? 今日引っ越してきたとこなのに?
 なんだろう、親の言ってた電器屋かな?
 訝りながらドアを開けると、赤いジャージ上下のお姉さんが伝票を持って立っていた。
「ここにハンコついてくれ」
「ハンコ? あったっけ、そんなの……」
「ネェのかよ。しょうがネェな。
 じゃあ、サインだサイン」
 なんか態度の大きな配達員だなぁ。
 僕は仕方なく差し出された伝票に、自分の名前を書いた。
「うッス! んじゃ、お邪魔しま〜す」
「え、あ!? ちょっと!
 お届け物は?」
 普通に部屋に上がり込もうとしたお姉さんを、僕は慌てて制止する。
「届け物?
 だから来たじゃネェか。俺が届け物だよ」
「は? 俺?」
「はって何だ!? ナメてんのか!」
 胸ぐらをつかまれる僕。
「いや、ナメたりしてないっていうか、えっと、暴力反対……です」
 突然、鳴り響く着信音。
 お姉さんはジャージのポケットから携帯を取り出した。
「あ〜はい、俺ッス。今、着きました」
 どうでもいいけどさっきの曲、昔のヤクザ映画のテーマなんじゃ……?
「大丈夫ッスよ! すっげ歓迎されてますって。
 はい、了解ッス。んじゃ」
 携帯をポケットに戻すと、お姉さんはダンボールの隣にどかっと座り込んだ。
 あの〜、全然、歓迎とかしてないんですけど……。
 これ、一体どういう状況?
「おい、灰皿は?」
「あ、はい。
 ――って、人の部屋でタバコを吸うな!」
「あぁン?」
 再度胸ぐらをつかまれる僕。
 ごめんなさい、僕が悪かったです……。
「つーかさ、ちっとは喜べ!
 俺が来てやったんだからさ!」
「へ?」
 ――来てやった?
「間抜けなツラだなぁ!
 お前、応募しただろ? 当たったんだよ!
 覚えてネェのか!?」
 応募? 応募、応募……。
 あ。
「も、もしかしてそれ、ネットで見かけたあのクリック詐欺まがいのこと……?」
「詐欺ぃ!?
 お前は押したんだろ?」
 いや、だってそんな、普通にちょっとお姉さんの写真見たいなぁって……。
 入室ボタンを……。
「押したよな!?」
 うう……。
「お・し・た・よ・な!?」
 くわえタバコのまま、お姉さんは顔を間近に寄せる。
「押しました……」
「ほらな!
 お姉ちゃんが欲しいですとか何とか考えてたんだろ?
 良かったじゃネェか、願いがかなって」
 そ、それはそうなんだけど、
『優しいお姉さん、欲しくない?』
 とか何とか、そんなキャッチフレーズだったから興味を惹かれたわけで、こんなのは求めてない。
 ていうか!
「僕、住所とか書いた覚えないよ!
 なんでここがわかったんだよ!?」
「企業秘密」
 そう言いながらお姉さんは、いきなり上着のジップを下ろした。
 ジャージを脱ぎ捨てると、今度は同じ色のズボンまで脱ぎ始める。
「ちょちょっと!
 なに脱いでるの!?」
「ああ? くつろいでんだよ。
 いいじゃネェか、俺の家なんだから」
「は?」
 やっぱり胸ぐらをつかまれる僕。
 はい、あなたの家です。ごめんなさい。
 お姉さんはあぐらをかくと、さっき設置したばかりのテレビのスイッチを入れた。
 タバコを片手に、がははと笑う。
 お姉さんのパンツと赤いキャミソール姿が目に眩しい。
 僕は片付け途中の段ボールの山の中、まだ自分の置かれた状況を把握出来ず、でもこれ以上突っ込んで聞くことも出来ず、呆然と立ち尽くした。


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