『小さなため息』


 海からの冷たい風。
 常夜灯の明かりが砂浜を照らす。
 僕らは丸木の柵に腰かけて、他愛のない話をする。
 バイト先の変な客、少し前に見た映画、初めてキスした時のこと。
 妹みたいな存在だと思っていた。
 一緒に食事したり、たまにカラオケに行ったり。
 お互いに付き合っている相手がいたし、ただ面白いと思う事が同じなだけ。
 それだけだと思ってた。
 真夜中に突然の電話。
「ちょっとだけ付き合って」
 海が見たいと君は言った。
 助手席に君を乗せると、幹線道路を走って海岸に出た。
 シンプルなワンピースの君。
 暗い海岸を歩く。
 砂を踏む足音。
 僕は、その少し後ろをゆっくりとついていく。
 君は小さな声で、昼間あった出来事を話した。
 ぽつりぽつりと。
 聞かない方がよかったのかもしれない。
 でも君の声は止まらなかった。
 海をのぞむ柵に腰かけ、僕らはいつもの調子で話をする。
 笑い声の後の沈黙。
 遠くに波の音。
「――今日は、ありがとう」
 君が呟く。
「ごめんね……」
 僕の肩に頭をもたせかける。
 泣かない君の、小さな小さなため息。
 抱きしめる以外に何が出来ただろう。
 僕はいつか、後悔するだろうか。


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