『今日の献立』


 オーブンを開くといい匂い。
 俺はミトンの手で、四角い耐熱皿を取り出した。
「グラタン、グラタン〜!」
 ハナはもうリビングのテーブルにつき、フォークを持って待ち構えている。
「今日はなに〜?
 秋鮭? カボチャ? 普通にチキン?」
「意外なものだな」
「意外なグラタン?
 ま、松茸とか?」
「はずれ。今日は、林檎とさつま芋のグラタンだ」
「………」
 ――って、あれ? 反応うすいな?
 楽しそうに上下していたハナの手が止まっている。
「えー! その組み合わせ、おかしいよ!」
 ものすごい勢いで抗議する。
「いや、そんな事ないだろ」
「だって、今日はグラタンって……」
「ああ、ほれグラタン」
「ちがうー! グラタンっていうのはもっとこう、マカロニとか、お肉とか、エビとか、ちょっと焦げてて、パリッとしてるんだけどトロッとしてて……」
「外はパリッと、中はトロッとしてるぜ?」
「ちーがーうー! なんていうか、これ甘いじゃん!
 そうそれ! これって甘いよね!?」
「林檎だからな」
「楽しみにしてたのに〜!」
 手を振り、足をバタバタしながら文句を言う。
 俺はそんなに期待外れなものを作ったのか?
 いつもいつも予想通りじゃ、面白みがないだろ?
「ごはんにオモシロ要素はいらないの〜!」
「まあ、そう言わずに食べてみろよ」
 物凄く不本意そうな表情で俺をにらむ。
 俺は気にせず笑ってみせる。
 深いため息をつくと、ハナはフォークでグラタンを一口分すくい、口へと運んだ。
 眉が上がって下がって、片方だけまた上がる。
 口は休む事なくむぐむぐしてる。
「中には生クリーム入ってるんだぜ?
 シナモンも入れてみた」
 やっぱり黙ってむぐむぐしてる。
「どうだ? おいしいか?」
 ひとしきりむぐむぐを続けると、ハナは俺を見上げた。
「む〜、おいひい……」
 眉は寄ったまま、唇の端は笑っている。
 うっし! 俺は小さくこぶしを握る。
 さて、明日はどんな晩ごはんにするかな?
 旬だし、秋刀魚ではさみ揚げでも作るか?
 いつの間にか、ハナは普通の笑顔になっていた。
 いや、もう一回意外な物を食べさせるのもいいな。
 俺はさっきのハナの顔を思い出しながら、明日は物凄く辛くて、でも物凄くおいしいものにしようと決めた。


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