『アキくんのお昼休み』


「で、では失礼します」
 女の子は顔を赤らめると、小さくお辞儀をして駆けていった。
 なんかこう、おとなしそうでいいなぁ。
 すれてないっていうか、可憐さがあるよな。
 なのに……なんで……。
 中学校舎と教職員棟をつなぐ、屋上の連絡通路。
 お昼休みだというのに、ここにはほとんど生徒がいない。
 手すりにもたれて、僕は澄んだ空気の中、空を仰いだ。
「アキぃ! 見たわよ!」
 女の子の走っていった先。
 その階段の一番上で、腕を組んでいつもの仁王立ち。
 いたんですか、先輩……。
「あたしという主人がありながら、下級生と逢引きするなんて大した度胸じゃない!」
 ――しゅ、主人? 逢引き?
 いや、えっと、色々間違い過ぎてて、どこから突っ込めばいいのかわかりません、先輩。
「大体さっきの泥棒ネコ、あたしを見て怯えたのよ!
 そんな態度であたしとタメ張れると思ってるのかしら! 片腹痛いわ!」
 そんなとこで、ジャブからハイキックに繋がるコンビネーションを繰り出さないで下さい。
 見えそうです。
 ていうか、あのー、さっきのは逢引きとか告白とかそんなんじゃないですよ?
 単なる相談です、相談。
「……かばうの?」
 い、いえ、ですから、かばうとかかばわないとかそういう事じゃなく……。
 聞こえてないのか、聞く気がないのか、先輩はゆっくりと息をはくと、もう一度腕を組んだ。
「……アキ、来週何が起こるか、楽しみにしてなさい」
 絶対零度の囁き。
 限界まで細められた目。
 ま、まずい!
 先輩、本気だ!
 これまでに受けてきた様々な恥辱、屈辱が、走馬灯のように僕の脳裏を駆け巡った。
 ち、違うんです!
 先輩のことを聞かれたんですよ!
 すごくカッコいいとか、女性の鑑だとか、憧れてるとか、なんかそういう事!
 なにも知らない女の子の、純粋な勘違い――もとい恋愛相談です!
 ―――って。
 い、言えない……。
 「絶対、秘密にして下さいね」とか、上目づかいで可愛らしく言われたもんな……。
 僕も何故か、約束しちゃったもんな……。
 声も出せずに突っ立っていると、コミカルなプリント柄のバンダナでくるまれたバスケットが飛んできた。
 僕は咄嗟に受け止める。
「フンだ! アキなんか、勝手に下級生といちゃついてればいいのよ!」
 先輩は頬を膨らませると、子供みたいな捨て台詞を残して身を翻した。
 僕は手の中のバスケットに目を落とす。
 ん? これって……もしかしてお弁当?
 しかもさっき、ちょっと目が潤んでたような……。
 僕は、先輩の機嫌をこれ以上損なわないようにその誤解を解き、あの子との約束も守りつつ、しかも一緒に食事をとれる方法に思考をめぐらせながら、とりあえず先輩の後を追って走り出した。


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