『今週のアキくん』


 体育館に続く渡り廊下を歩いていると、先輩に肩を叩かれた。
「今週の標語、考えてきたわよ」
 そう言って、胸を反らすと前髪を払う。
 標語――。
 きっとまた、おかしな事を言い出すんだ、この先輩は。
「いいですけど……、僕には関係ないですからね」
「そういうこと言うわけ?」
「………」
 僕は、先輩の斜に構えた視線を無視する。
「――いい態度じゃない。
 後悔させてあげるわ」
 背後から冷たい声が追ってきた。
 む、無視無視! 僕には何も関係ない!
 小走りに友達の列に加わった。
 全校生徒が整然と並んだ体育館。
 校長先生の話が終わり、みんなざわざわし始める。
 生徒会長である先輩が、壇上に登った。
「静かにぃ!
 今週の標語の発表です!」
 その言葉だけで、体育館の空気が、張り詰めるような緊張感に包まれた。
 みんなが固唾を呑んで見守る。
 先輩は余裕の笑みを浮かべると、腰に手を当てて仁王立ちになった。
「スポーツの秋なので、みんなで鬼ごっこをするぅ!」
 ………。
 え〜っと、……笑うとこ?
 僕は隣の友達を見る。
 彼は呆れたように肩をすくめてみせた。
「アキぃ! わかったら返事ぃ!」
 ハウリング混じりの先輩の声。
「は、はぃい!」
 ―――条件反射って、怖い。
 何かを考える前に僕は叫んでいた。
 水を打ったような沈黙。
 み、みんなの視線が痛い。
「アキ! 返事したから最初の鬼ね!」
 壇上から僕を指差す。
 せ、先輩が呼んだんじゃないですか!
「では、かいさーん!」
 高らかに告げる。
「鬼だ!」
「逃げろー!」
 叫んで逃げていく周りの生徒。
 哀れむような目で、僕に笑いかける先生。
 あああ……。
 これでまた一週間、普通の生活は送れない。
 僕は壇上から降りてきた先輩を睨んだ。
 先輩が片目を閉じて、投げキッスをする。
「そんなのじゃ、ごまかされないんですからね!」
 言いながらも先輩を、ちょっと可愛いと思ってしまう僕は、きっともう一生この罠から逃げることは出来ないんだろう。


(777文字)