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『虫捕り』
畑の脇を通る道。
浅い川を渡る、コンクリートの小さな橋。
親に連れられてきた田舎の町。
でも、私にはお盆なんてつまらないだけだった。
美術の宿題をするために、私は画材道具を抱えて歩き回る。
古い階段を登った先の神社。
セミの声が境内に満ちている。
私は石段にハンカチを敷いて座ると、画用紙を取り出した。
木の枝が頭の上に張り出していて、日差しを遮ってくれる。
遠くに見える町並み。
緑に揺れる段々のたんぼ。
私はゆっくりと鉛筆を動かした。
時折吹く風が気持ちいい。
突然、ドン!と音がして、近くの木が揺れる。
何か大きな物が降ってきて、頭のてっぺんにぶつかった。
「いった〜い!」
私が頭を押さえると、木の陰から虫カゴを持った小さな男の子が現れた。
「ご、ごめんなさい!」
走り寄ってきて、小さく頭を下げる。
びっくりしたから大きな声が出たけど、冷静になってみるとそれほど痛くはなかった。
男の子は、脇に落ちていた虫を拾ってカゴに入れる。
私は画板を胸に抱くと、聞いてみた。
「虫を捕ってるの?」
「あ、うん。木を蹴ると落ちてくるんだ」
カゴの中を見せてくれる。
「クワガタだよ」
これがクワガタっていうのかぁ……。
こんなのが生きて動いてる。
すごく不思議な感じがした。
「一緒に捕ってみる?」
ためらいがちな声。
焼けた肌の小さな男の子。
なぜだか少し赤い顔。
それを可愛い、と私は思う。
時間は有り余るほどあった。
私はうなずくと画板を脇に置いた。
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