『歩く』


 よるのみち。
 いくつものしろいあかりがみえる。
 あかいひかりがとおりすぎる。
 てんめつするひかりがつらなっている。
 あかるいおみせ。
 わたしはそれをよけてあるく。
 どうしてここをあるいてるんだっけ?
 おもいだせない。
 もともとなにもなかったのかも。
 ひざがぎしぎしいう。
 あたまがぼ〜っとする。
 もうすぐ。
 もうすぐうごけなくなる
 でもあいたいひとがいる。
 はなしたいひとがいる。
 ずっとはなしかけてくれたひと。
 ずっとまもってくれたひと。
 あのひとに。
 あのひとにあいたい――。


 私がその日、部屋の扉を開こうとすると、同じ階に住む親子の会話が聞こえてきた。
「お母さん、お人形さん!」
「え? 駄目よ、汚い」
「え〜! 可愛いよ?」
「駄目よ。行くわよ」
 扉を開く。
 廊下に小さな人形が落ちていた。
 ボロをまとい、汚れ、所々壊れている。
 みすぼらしい姿になっていたが、見間違えるはずがなかった。
 先月開発中止が決まった、子供向け玩具だった。
 私の班が開発を担当していた。
「私に会いに来たのか?」
 そっと持ち上げる。
 人形の目は閉じていた。笑みを浮かべているように見えた。
 退社すればそれで済むと、無責任に考えていた。
 私は人形を胸に抱く。
 涙が頬を伝った。


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