『水中の世界』


 キラキラとした水面に飛び込む。
 ぬるい水が飛び散って、私はその中に包まれる。
 太陽の熱も、みんなの声も、どこか遠いところへ飛んでいく。
 くぐもった音の中を漂いながら、私は外の世界を見下ろす。
 ここは私だけの水中の世界。
 手を伸ばして、落ちていく泡の粒をつかむ。
 柔らかい感触が、指の間をすり抜けていく。
 ずっと、ずっとこうしていたいと願う――。
 息苦しさを感じて、私は仕方なく水面に出る。
 太陽の光。
 熱い空気。
 騒がしい声。
 生臭いにおい。
 全てが一度に押し寄せて、私は少しの間動けなくなる。
 水着の肩を引き上げながら、焼けたコンクリートの上を歩く。
 紺色の学校指定水着の中、一人だけ派手なビキニの女の子が、プールサイドに座っている。
 夏休み直前に転校してきた子だ。
 黄色と赤の花柄ビキニ。
 結ってアップに留めた髪。
 白い肌。
 長い睫毛。
 こんなに完璧な女の子を、私は初めて見た。
 でもその完璧さは、この町では少し浮いて見え、近付きたいけど近付けない、微妙な隙間を作っていた。
 みんなの輪に入れず、膝を抱えていたその子と、不意に目が合った。
 まだ水中の世界から戻ってきたばかりで、私の目はとろんとしている。
 意識もとろんとしたまま、私はその子に近付いていった。
「一緒に遊ばない?」
 驚いた顔。
 私も驚いた。
 でもきっと、自然に出てきた言葉。
「うん!」
 その子は立ち上がって、プールのそばに駆けていった。
 私も追いかける。
 いきなり振り向いて、腕をつかまれた。
「あはは!」
 抵抗せず、私は背中からプールに投げ込まれる。
 水が割れて、私はまた水中の世界を昇っていく。
 ゆっくりと両手を広げると、女の子が飛び込んできた。
 固く閉じていた目を開き、何かを探すように身体をよじる。
 私を見つけた。
 笑いながら手を差し出してくる。
 私はどうしていいのかわからない。
 女の子の両足が一度たたまれ、そして伸びきり、なめらかに水を蹴った。
 くぐもった音の中に浮かびながら、私はその子を美しいと思った。
 泡が広がり、光が乱反射する世界。
 私は名前も知らない女の子と、手をつないで昇っていく。


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