『運動会』


「運動会、楽しみだね」
 あの日、あの子はそう言って笑った。
 焼けた肌に白い歯がまぶしかった。
 私はただ、頷いてみせた。
 風に乗って、歓声と拙いアナウンスが聞こえてくる。
 私は無理を言って病室の窓際に座らせてもらい、その声に耳を傾けていた。
 ちょっと前にまたここに戻り、検査の日々を送っている。
 先生も看護師さんも優しい。
 でも――。
「つなひきは赤組の勝ちです」
 もう、今年の運動会も半分終わりなんだ。私は手元のプログラムを確認した。
 不意に泣きたくなった。看護師さんを呼ぶと、ベッドに戻る。
 枕に顔を押し付けた。
 今頃、あの子は走っているのかな?
 それとも玉入れに夢中?
 一緒にやったフォークダンスの練習。
 私の代わりに、あの子は誰と踊るんだろう?
 落ち込んでいく私を、ノックの音が引き戻した。
 慌てて涙を拭くと、
「はい」
 と返事した。
 病室のドアがゆっくりと開かれる。
 そこには、体操服に赤い帽子を被ったあの子がいた。
「来ちゃったよ」
 そういうと、手にしたお弁当を掲げてみせる。
「一緒に食べようと思って」
 私の目から、不意に涙がこぼれた。
「ど、どうしたの?」
 あの子が慌てて駆け寄る。
「あたし、なにか悪い事しちゃった?」
 私は泣きながら笑ってみせる。
「違うもん。ちょっと嬉しかっただけ」
 ベッドの上にお弁当を広げて、二人だけのお昼休憩。
 私は君を、帰したくなくなる。


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