『キス』


「えー! したことないの!?」
 部室の外のベランダ。
 隠れて昼寝をしていた俺の耳に、聞きなれた声が届いた。
「ふ、二人はあるの?」
 ユイの問う声。
 二人の小さな笑い声。
「だって、ねぇ」
「もう中二だよ」
 なんだそれ?
 俺、三年なんだけど……。
「松嶋先輩とか、絶対してるよ!」
「うん、してるね!」
 俺かよ!? してないよ!
 その後は二人の体験談。
 ユイだけやけに静かだった。
 部室から出て行く気配。
 俺は少し待つと、そっと窓枠に手をかけた。
「きゃあッ!」
 ユイが、窓のそばに座っていた。
「ま、まだいたのかよ!」
 泣きそうな顔。
 両手で自分の身体を抱いている。
「聞いて――、ました?」
「まあ、多少ね……」
 なぜか嘘をつけなかった。
 気まずい沈黙。
 窓の外から蝉の声。
「先輩……、キスしたことあるんですか?」
 ちょ、直球だな!
「――ないよ」
 後が続かず、俺は意地悪を言ってみた。
「なに? させてくれるの?」
 ユイは目を見開いて、俺を正面から見つめた。
 顔がみるみる真っ赤に染まる。
「し、したいなら!」
 視線をそらすと、うつむいた。
「いい――ですよ」
 上目遣いにそう言った。
 一瞬、理解出来なかった。
 わかった途端、きっと俺の顔も真っ赤になった。
 ユイが目を閉じる。
 細い髪が一筋、頬にかかっていた。


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