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『秘法』
ひっく!
ミサキの派手な声が店内に響く。
客が振り向く。
ミサキは澄ました顔で立っている。
ひっく!
また客が振り向く。カップルの男が小さく笑った。
ミサキは先週入荷したノースリーブに、太腿の出るハーフパンツ。
長い脚を強調した、いつものコンパクトなスタイル。
美しい立ち姿で客を睥睨する。
朝から続くしゃっくりがなければ完璧だ。
俺が客を送り出すと、ミサキはその場にしゃがみ込んだ。
「あーもう! 勘弁してよ!」
ひっく!
「店長、なんか」
「とめるほう」
「ほう知らない!?」
俺はゆっくりとミサキに近付いた。
「ひとつだけ――、ある」
「ほんと!?」
「言うとおりにするか?」
「するする!」
「まず足を揃えて、まっすぐ立つ!」
ミサキは跳び上がるように立ち上がった。
「両手を前に伸ばす!」
「こ、こう?」
ミサキは不審そうな顔で、両手を前に出した。
「肘はまっすぐ! 手のひらを立てる!」
ミサキは居住まいを正して、手のひらを立てる。
「親指を曲げる!
――もっとグッと!」
「息を止める!」
「十数える!」
ミサキは口の中で、もごもご言い出した。
「これは、うちの田舎に伝わるしゃっくりを止める秘法だ」
腕を組んで、俺はミサキを見つめた。
「子供から老人まで、皆この方法でしゃっくりを止める」
長い脚。細い腰。
やっぱり完璧だ。
「本当は門外不出なのだが――」
「じゅう!」
ひっく!
「………」
ミサキが俺を睨みつけてくる。
「まぁ――」
俺は視線を宙に漂わせる。
「効かないってところが問題だがな」
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