『伝言』


 階段を一段飛ばしに駆け下りたら、背後からTシャツの裾をつかまれた。
はええ! もう追いついたのかよ!」
 振り向いたらシャツの裾を握ってたのは、鬼のタイジじゃなく、同じマンションに住んでるリカだった。
 親が知り合いだけど、下級生だし女子だから、あまり話した事がない。
「お兄ちゃん、いい?」
 なんでかリカは、俺をお兄ちゃんと呼ぶ。
「えあ? なに?」
 廊下の真ん中で、何を言い出すつもりなんだ。
 俺は不吉な予感を感じて、一歩引いた。
 リカの後ろから、小さな女子が俺を見ている。
「この子、伝えたい事があるんだって」
 そういうとリカは、後ろにいた女子をムリヤリ押し出す。
「ほら、ノゾミ」
 その子は身体を固くして、下を向いている。
 手をおなかの前で祈るように組んでる。
 一年生の子が何人か、興味深そうにこっちを見ている。
 何だか俺も緊張してきた。
「あー、もう!」
 リカは突然そういうと、ノゾミの肩に手をかけた。
「この子、お兄ちゃんの事好きなんだって!
 わかった!?」
 え? わかったとか、わからないとかそういう事?
 ていうか、なんで怒ってんだ?
 俺は首を傾げながらうなずいた。
「いこ!」
 そういうとリカは、ノゾミの手をつかんで階段を登っていった。
 終わり?
 いったい俺はどうしたらいいんだ?
 一年生はまだこっちを見ている。
「お兄ちゃん、モテるね」
 背後から声をかけられる。
 顔が一気に熱くなった気がした。
「てっめぇ!」
 振り向くと、タイジの首を脇に抱える。
 俺らはもつれ合って廊下に転がった。


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