『カトラリーレスト』


 レトロなデザインの木の扉。
 開くと可愛い音がする。
 いらっしゃいませの声。
 暖かみのある木のテーブル。
 私は椅子に座ると、白いクロスの上のキツネをちょん、とつついた。
「お気に入りですね」
 はっとして顔を上げると、ウェイターがグラスをキツネの横に置いた。
「お決まりでしたらお呼び下さい」
 笑顔でそう言うと戻っていく。
 私は顔が熱くなっているのを感じた。
 何度か見かけていたが、あんなふうに声をかけられたのは初めてだった。
 高校生くらいだろうか?
 細身に白いシャツがよく似合っている。
 エプロンを巻いた腰回りは、嫉妬するくらい細い。
 でも、顔は幼く見えた。
 夏休みだけのバイト?
 それか、家の仕事を手伝っているのかもしれない。
 私はなぜかドキドキして、好物のハーブ鳥の味がほとんどわからなかった。
 小さなティーカップがテーブルに置かれる。
 不意に彼が私の耳元に口を寄せた。
「お姉さん、これあげる。
 バレると怒られるから、ひとつだけね」
 ティーカップの前に、銀色のキツネが置かれていた。
「絶対――、内緒だよ」
 人差し指を唇に当ててウィンク。
 私は動揺して、ぎこちなく頷くのがやっとだった。
 私はあの時、二人だけの秘密をもらった。


 私が行くたび、彼はキツネの箸置きを指先でつつく。
 気に入られてうらやましい奴だなって言う。
 でも、違うんだよ。
 私はあの瞬間から、あなたの事の方が気になっているんだ。


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