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『114』
遠くでチャイムが鳴っている。
頬が硬いものに押し付けられている。
少し埃っぽい、い草の匂い。
目を開いて、ゆっくりと上半身を起こす。
いつもの居間。
頬に触れてみる。
畳の縞模様を指に感じた。
そうか。あのまま寝たのか。
身体を起こして、学生服のポケットを探る。
メンソールを取り出すと、あぐらをかいて火を点けた。
目の前には、三人分の位牌。
風呂敷の上に並んでいる。
「――これで、俺の役目は終わったか?」
答えはない。
涙はもう出なかった。
消しようのない喪失感だけ。
遠くでチャイムが鳴っている。
俺は、深く吸い込んだ煙を吐き出す。
立ち上がると、玄関に向かった。
「ねぇ! いるの!?
何とか言いなさいよ!」
朝早くから元気だな。
黙って玄関のカギを外す。
扉を押し開けると、泣きはらした顔のシホが立っていた。
「――どうかした?」
「ず、ずっと話し中だったから……!」
ああ、そうか。
知らない親戚からの電話がうざかったから、受話器を上げておいたんだっけ。
「もう! バカなんだから!」
泣き顔のまま、シホが抱きついてきた。
心配、してくれたのか。
そうか。
こいつがいたんだっけ。
じゃあ、もう少し、ここにいてもいいか。
俺は突っ立ったまま、シホの嗚咽に耳を傾けた。
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