『おはよう』


 また目が覚めた。ここんとこ毎日、この時間に目が覚める。
 理由はわかってる。――たぶん。
 勢いよく起き上がって、窓の方を向く。
 薄いカーテンが光っている。
 握っていたヌイグルミをベッドに置いて、窓に近付く。
 そっとカーテンを押し開ける。
 あの子がいた。
 隣の小さな家の庭の、小さな木と小さな花壇に、ホースで水を撒いている。
 鼻歌でも歌っているのかもしれない。つま先がリズムをとっている。
 大きなわら帽子を頭に乗せて、いつものキャミにショートパンツ。
 細い手と足に、小さな背丈。
 強い日差しに、肌は真っ黒に日焼けしている。
 大きな帽子に隠されて、表情は見えない。
 ふいにあの子が、手で額を拭う。
 その拍子に目が合った。
 大きくて黒い瞳。驚いた色から、好奇心の色へと変わる。
「おーい! おはよー!!」
 満面の笑みでこっちに手を振った。
 私はあわててカーテンを閉め、後ろを向く。
 胸がどきどきしている。
 パジャマのスカートの裾が揺れている。
 挨拶とかしたことないのに。名前も知らないのに。ちょっと前に引っ越してきたばかりなのに。
 どうしていきなり手を振ってくるの? へんだよ。
 壁のカレンダーをみつめる。
 息を吸って、はいて、スカートの裾を握って、もう一度カーテンを開く。
 きっとまだそこにあの子がいる。
 おはようって言ったら、おはようって返してくれる。
 明日からの夏休みがきっと楽しくなる。


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