『秘密主義』


 秋冬のコレクション予約会。
 その日俺は、朝から気合いを入れて出かけた。
 前期買ったボタンダウンに、スリムのクラッシュデニム。
 アクセは数年前に買ったお気に入りのドメスブランド。
 後は携帯と財布のみ。
 どうせ数時間立ちっぱだ。
 重い荷物は持ちたくない。
 店の前に着くと、すでに50人以上の行列が出来ていた。
 視線が痛い。品定めでもされているかのようだ。
 パンツはあそこの05年春夏、靴はあそこのダブルネーム物――、みたいな。
 何回来ても、この瞬間は居心地が悪い。
 息をついて列の最後尾につく。
 ガードレールに腰かけて携帯を開いた。
 画面を送りながら、周囲を見渡す。
 男のグループか、カップルばかり。
 まあ、ここはレディースの展開がないから、当たり前なんだが。
 何となく隣の人物を観察した。
 細身の体型に、ここの服がよく似合っている。
 グランジのペインターは、去年俺が買い逃した物だった。
 バンドでもやってるのか? モテそうだな。
 目深に被ったキャップまで見たところで、俺はガードレールから落ちそうになった。
「み、三木本――?」
 キャップに眼鏡に短髪。ほとんど変装だ。
 ――ていうかこれ、男装って言わないか?
 三木本はいきなり俺の手をとると、足早に歩き出した。
 建物の裏に回り込む。
 物凄い剣幕で、俺に言い放った。
「あなたは何も見なかった!
 いいわね?」
「ウィッグか、それ……?」
「見なかったの!」
 そういうと、三木本は元の場所に戻っていった。


「あん時はビビったよ、ほんと」
「うるさい」
 秘密を知ってから、俺たちは少しずつ会話するようになっていた。
 街で会う時、三木本は必ず男の格好をする。
 そして、確実に俺より女にモテる。
 逆ナンは数知れず、スカウトみたいな物まであった。
 だがそういった物には、今のところ興味がないらしい。
 趣味というより、性癖かもしれない。
 抑えきれない衝動がある時、三木本は俺に電話をかけてくる。
「今度の土曜、あそこの秋冬立ち上げなんだけど――」
 三木本が、委員長という仮面を剥がす時。
 俺はそれを独り占めさせてもらう。


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