『契約』


 後ろから抱かれる。
 胸に回された細い腕に、そっと触れる。
「助けてあげる」
 耳元で声がする。
「――だから、私に誓いなさい」
 目の前に、彼女の小さな手が差し出される。
「――誓います」
 私は目を閉じ、口付けた。


 あの頃、私は生きていなかった。
 全ての他人は飢えた獣で、私は食物だった。
 どこにいても私は蔑まれ、嬲られ、放置された。
 全てを諦め、でも死ぬ事も出来ずにいた時、彼女と出会った。
 彼女は全てを持っていた。
 美しく、賢く、強く、冷たい。
 私は憧れ、焦がれ、足下に伏した。
「愛しなさい」
 私は、彼女の言葉に従う。
「奪いなさい」
 私は、彼女の言葉に従う。
「殺しなさい」
 私は、彼女の言葉に従う。
 彼女は無邪気な残酷さで、私に命じていった。


 だが、彼女はもういない。
 完璧な姿のまま、燃え尽きてしまった。
 私が命令に従った結果だ。
 そして私は、契約を続行する。
 あの瞬間に交わした契約を――。


「助けてあげる」
 耳元で声がする。
「――だから、私に誓いなさい」
 目の前に、彼女の小さな手が差し出される。
「――ずっとそばにいる、と」


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