『匂い』


 少し浮き気味の軌道を描くシャトル
 身体を弓なりに反らせ、月岡はラケットを振り抜く。
 心地よい音がして、シャトルはサイドラインギリギリに突き刺さる。
「きゃー! 月岡センパーイ!」
 審判のコールを待たず、黄色い声が飛ぶ。
 月岡は対戦相手と握手をして、ベンチに戻ってくる。
「お疲れ様です」
「ああ」
 私は白いフェイスタオルを手渡す。
 月岡はそれを受け取り、顔を拭い始めた。
 短めの髪が、汗でこめかみに張り付いている。
 薄い胸が呼吸のたびに上下する。
 表情はいつもと変わりない。
「次は?」
「――ご存じでは?」
「ああいや……、私じゃなくて」
 月岡の質問の意図を理解した。
「今、あちらで対戦しているどちらかです」
 私は視線を斜向かいのコートに向けた。
 月岡はじっとそちらを見つめる。
「――宅間か。やっかいだな」
「いつもの事です」
 月岡が立ち上がった。
「一度着替えたい。付き合ってくれ」
 差し出されたタオルを受け取る。
 抱かれた時と同じ匂いを感じて、私は一瞬立ち尽くす。
 顔が熱くなる。
 不思議そうに振り向く月岡。
 私は慌てて目をそらすと、彼女の後を追った。


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