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『二人乗り』
「あぁー、もう! ぶーぶーうるさい!」
俺は自転車のハンドルを握ったまま、背中のカナに文句を言う。
「ぶーぶぅぶぶー」
「いや、わかんないから」
カナは二つの大きな荷物を抱いたまま、マウスピースを口から外した。
「練習だよー!
いつもへたくそっていうじゃん!」
肩に置いていた手が、今はマウスピースを握っている。
支えを失ったカナの身体が、後ろへと倒れていく。
「あ、あれ?」
「おい!?」
「あはははは!」
笑いながら、カナは地面に向かって倒れていく。
派手な音を立てて、荷物が道路に散乱する。
「俺のサックス!」
急ブレーキをかけて、自転車を乗り捨てる。
とりあえずカナは無視して、投げ出されたケースを追いかける。
蓋を開けて、中を確認する。壊れてはいないようだ。
「ちょっと!
私よりサックスが大事なわけ?」
カナは制服のスカートをはたきながら立ち上がる。
「当たり前だろ」
「さいってー!」
カナは仁王立ちで腕を組んだ。
俺がしゃがんでいるので、見上げる格好になる。
形のいい足だ。
部の連中の騒ぐ理由が、わからなくもない。
「あの……、これ」
親切そうなお姉さんが、カナのクラリネットケースを持って立っていた。
「あ! ありがとうございます!」
さっきまでとは全く違う声と表情で、カナは勢いよく頭を下げた。
「ほんとすみません。こいつ、バカなもんで……」
ふくれるカナを再度後ろに乗せて、俺は自転車をこぎ出す。
「お姉さん、ありがとー!」
カナは後ろを向いて、大きく手を振る。
「だから手を離すな!」
「あ」
海の見える道。
二人乗りの自転車。
危なっかしく蛇行しながら、俺たちはゆっくりと坂を下っていく。
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