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:チバ、何してるの?
:家にいるよ。
 DVD見てる。
:チバ、いっつも部屋にいるんだね
 なんで?
:引きこもりだからね。
 引きこもりは家にいるものでしょ?
 だからいるの。
:チバはなんで引きこもりなの?
:んん? 外に出たくないから?
:あたしが聞いてるの〜!
 チバは答える人でしょ?
:それには答えられません。
:そなんだ


「アイリ?」
「チバ、どっか行かない?」
「どっか?」
「アイリを置いて行かない?」
「チバさんはアイリのことをずっと見てますよ」
「うそ」
「ほんと」
「そんなのわかんないよ」
「………」
「………」
「ほんとだよ?」
「アイリ、前にね、傘を落としたんだ」
「傘?」
「うん。
 大好きな傘で、いっつも持ってたんだ。
 みんなと遊んでる時にね、振り回して用水路に落としちゃったの。
 コンクリートの狭い用水路で、奥は見えなかったの。
 きっと底に溜まってた黒い水の中に沈んでいっちゃった。
 みんな探そうとしてくれたんだけどみつからなくて。
 すごく悲しくて、大事にしてた傘で、泣きながら家に帰ったよ。
 傘を無くしたって言ったらお母さんも泣いちゃって。
 その時と同じ気持ちがしたんだ」
「傘、大事なものだったんだ?」
「うん。
 お兄ちゃんが使ってた傘だったんだよ」
「………」
「あの時に、お兄ちゃんももう帰ってこないんだって。
 ずっと会えないんだってわかった。
 何か大事なものがなくなったってわかった」
「怖かった?」
「怖いっていうか、ぼ〜っとしてる感じ。
 指がしびれたみたいになって、自分のものじゃないみたいな……」
「………」
「チバにもある?」
「――ん?」
「そういうこと、チバにもあった?」
「どうかな……。忘れた」
「チバ、泣いてるの?」