19


「お父さんがね、許してくれたの」
「ケータイ?」
「うん。
 アイリの言うことも正しいって。アイリのこと信じるって」
「お父さん、優しいんだ?」
「どうかな。わかんない」
「お母さんはどうだった? 許してくれた?」
「キレてた」
「キレてたんだ?」
「うん」
「お母さん、よくキレるの?」
「うん」
「アイリに?」
「うん」
「でも他の事でも怒るよ。
 お兄ちゃんが帰らなくなってからかな」
「……お兄ちゃん?」
「アイリ、お兄ちゃんいるんだよ。
 知らなかった?」
「知らないな〜。いくつ?」
「21。もうすぐお兄ちゃんの誕生日だよ」
「お祝いだね」
「出来ないよ。お兄ちゃんいないもん」
「いないの?」
「うん。
 帰ってこなくなったんだ。もうずっとね」
「そう」
「結婚しようって約束してたんだ。
 アイリ、マサ兄ちゃん大好きだったんだよ。
 いつでもギターで福山さん歌ってくれるんだ。
 マサ兄ちゃん、大好きだったんだよ」
「……だからアイリは福山さん好きなの?」
「どうかな。前から好きだったよ?」
「チバもギター持ってるよ」
「チバ、福山さん弾ける?」
「どうかな……。
 たぶん弾けると思うよ」
「待って。お母さんがなんか言ってる」
「キレてる?」
「わかんない」
「………」
「………」
「電話、切ろうか?」
「だいじょぶだと思う」
「心配してるんじゃない?」
「お母さん、お兄ちゃんが帰らなくなって、すぐキレるようになったんだよ。
 お父さんも家にいなくなっちゃって」
「お父さん、帰ってこないの?」
「うん」
「何してるの?」
「仕事でしょ?」
「仕事、なに?」
「わかんない。えらい人みたいだよ。
 いつも若い人連れてるし」
「お父さんは優しいんだよね?」
「うん」
「ケータイも許してくれた?」
「うん」
「アイリを信じてくれてるんだよね?」
「どうかな。お父さんもしてるだけじゃないの?」
「してる?」
「うん。
 出会い系とか」
「そんなことないでしょ。仕事たいへんだと思うよ?」
「わかんないよ。帰ってこないもん」
「それはアイリの考えすぎだよ」
「男だもん、一緒でしょ?」
「一緒じゃないよ?」
「一緒だよ。でも、気になんないよ。
 お父さんは優しくて、お母さんはこわいよ。
 でもお父さんはわかってないよ。
 お母さんはわかってる、たぶん」
「アイリのこと?」
「そう。汚いんだよ」
「汚い?」
「ほんとはもうダメなんだ、きっと」
「………」
「でもアイリはケータイ捨てられないんだよ、きっと。
 きっとね」