『記念日』


 来客用駐車場に続く並木道。
 肌寒い風が吹くたびに、赤く染まったもみじの葉が、紙吹雪のように舞い降りる。
 その道の真ん中に、女の子がいた。
 背中まである髪が、陽射しの中で艶やかに揺れていた。
 切れ長の目は半分伏せられ、憂いを帯びた表情。
 舞い散る赤い色の中で、その子はゆっくりと振り向く。僕を見る。
 その目から涙がこぼれた。
 僕は今でも考える。
 あの時、声さえかけなければ――。


 二年生に、山の手にある有名な屋敷の令嬢がいる。
 噂には聞いてたけど、その子がそうだとは思わなかった。
 細いんだけど頼りない感じはなくて、とても姿勢がよく、ただ立っているだけなのに、今まで見たどんな女の子とも違っていた。
「――どうして、泣いてるの?」
 間抜けな台詞。
 僕はなぜあの時、声をかける事が出来たんだろう。
「あなた……誰?」
 目を逸らせない僕に、その子が問い返す。
 冷たい声。
 でも、少し震えていた。
 きっと、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
 その子は立ち尽くしたまま、ぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。
 どうやら、祖父だか曾祖父だかが、この学校の創設者らしい。
 そして今日、親に言われた。
 次の生徒会長は自分だと。
 なにもかも、自分の思い通りにいかない。
 ずっとそうだった。
 今もそう。
 これからもずっと、そうなのかな?
 そう言って涙をこぼしたその子を、僕は思わず抱きしめていた。
 何故そんな事が出来たんだろう?
 やっぱりわからない。
 わからない事だらけだ。
 でも、必然だったって気もする。
『僕には詳しい事情はわかんない。
 わかんないけど――君は、したい事をすべきだと思う』
 そんなふうな事を、僕は言った。
「――そうなの?」
 うん。
「じゃあ、協力してくれる?」
 うん。僕に出来る事なら。
 ―――。
 あああああああ! 僕の馬鹿!
 まさか、あの言葉が今の状況を作り出すなんて!
 こんな関係は望んでなかったんだ!
「あの時アキってば、いきなりあたしに抱きついたわよね」
 ……そ、そうでしたっけ。
 それがどうかしたんですか?
「初対面の女の子に抱きつくなんて、非常識!
 おしおきが必要だわ」
 残念ながら、全く意味がわかりません。
 ていうか、いつの話ですか。
「一年経った記念なの!
 大事なイベントなの! わかる!?」
 これっぽっちもわかりません。
「大体、あれ以来、優しく抱いてくれるなんて一度もないわ。
 おかしいじゃない!」
 いやいや、だってあれから先輩、めちゃくちゃ強くなったじゃないですか!
 むしろ僕が慰めてもらいたいくらいで――
「黙りなさい!
 弱音も言い訳も、聞きたくないわ!」
 鋭いこぶしが飛んできて、僕の鼻先で止まる。
 勢いで僕の身体がゆらゆらと揺れた。
 出会った場所と同じ、もみじの並木道。
 その枝のひとつにぶら下げられたまま、僕は今日も生きて帰れますようにと、どこかの神様に祈った。


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