37


:チバ
 チバはアイリのことどう思ってるの?
:なんでしょう、いきなり。
:ちゃんと答えて
:大事に思ってるよ。
:好きなの?
:そうだよ。
 前から言ってるでしょ?
 アイリのこと大好きだって。
:チバの言葉はよくわかんないよ


「嘘だと思ってる?」
「そんなことないけど」
「じゃあ、信じて」
「――うん」
「……僕にとってアイリは、神様みたいなものなんだ」
「かみさま?」
「そう。
 世界を自由に飛びまわる、まぶしくて自由な神様。
 僕はコンクリートの檻の中からそれを見上げてるんだ」
「そんなんじゃないよ?」
「これは例えだよ」
「あたしは、きっと大人になったんだよ。
 色んなことを知っちゃったんだ」
「いいよ。
 アイリは綺麗だと思う。
 僕なんかには届かないものがある。
 だから僕は、それを遠くから眺めるんだ。
 僕は狂ってる。
 美しいものをこの手につかみたいと思う。
 つかんで抱きしめて食べてしまいたいって思う」
「チバ、抱きしめてよ。
 アイリ食べてよ」
「だめだよアイリ。
 僕は壊しちゃうんだ。
 好きなものは壊したくなるんだよ。
 頭おかしいんだよ」
「いいよ、チバ。
 アイリ壊してよ。
 チバに壊されるならいいよ。
 一緒にどっか連れて行ってよ」



36


:カリン、どっか行っちゃった。
:アイリ?
 夜中だよ。
 今どこ?


「カリン、きっと……」
「アイリ?
 何があったの?
「もう会えないからって、言われた」
「会えない? カリンに言われたの?」
「違うよ」
「あの人」
「あの人?」
「えらい人だよ。
 もうカリンには会えないって言われた」
「えらい人がそう言ったの?」
「そう」
「他には?」
「他に……。
 心臓がぎゅってなって、よく覚えてない……。
 カリンはどっか行っちゃった……」
「アイリ?」
「チバ、あたしどうしたらいい?
 ここにいていいの?
 いつかよくなるの?」
「アイリ、今どこにいるの?」
「わかんないよそんなの!
 ダメだってことしかわかんない。
 このままじゃダメなんだよね?
 悪いことばっかり起きるんだよね?」



35


:チバ、何してるの?
:家にいるよ。
 DVD見てる。
:チバ、いっつも部屋にいるんだね
 なんで?
:引きこもりだからね。
 引きこもりは家にいるものでしょ?
 だからいるの。
:チバはなんで引きこもりなの?
:んん? 外に出たくないから?
:あたしが聞いてるの〜!
 チバは答える人でしょ?
:それには答えられません。
:そなんだ


「アイリ?」
「チバ、どっか行かない?」
「どっか?」
「アイリを置いて行かない?」
「チバさんはアイリのことをずっと見てますよ」
「うそ」
「ほんと」
「そんなのわかんないよ」
「………」
「………」
「ほんとだよ?」
「アイリ、前にね、傘を落としたんだ」
「傘?」
「うん。
 大好きな傘で、いっつも持ってたんだ。
 みんなと遊んでる時にね、振り回して用水路に落としちゃったの。
 コンクリートの狭い用水路で、奥は見えなかったの。
 きっと底に溜まってた黒い水の中に沈んでいっちゃった。
 みんな探そうとしてくれたんだけどみつからなくて。
 すごく悲しくて、大事にしてた傘で、泣きながら家に帰ったよ。
 傘を無くしたって言ったらお母さんも泣いちゃって。
 その時と同じ気持ちがしたんだ」
「傘、大事なものだったんだ?」
「うん。
 お兄ちゃんが使ってた傘だったんだよ」
「………」
「あの時に、お兄ちゃんももう帰ってこないんだって。
 ずっと会えないんだってわかった。
 何か大事なものがなくなったってわかった」
「怖かった?」
「怖いっていうか、ぼ〜っとしてる感じ。
 指がしびれたみたいになって、自分のものじゃないみたいな……」
「………」
「チバにもある?」
「――ん?」
「そういうこと、チバにもあった?」
「どうかな……。忘れた」
「チバ、泣いてるの?」



34


冬:


「最初?」
「うん」
「覚えてる?」
「どんなだっけ?」
「……忘れてるんだ」
「いや、覚えてるよ。
 ほら、あの……なんだっけ?」
「忘れてるよ、この人さいあくー! じゃあね!」
「うそうそ。
 アイリの書き込み見つけてメールしたよね。
 スヌーピーの話とか書いた気がする」
「そだっけ?」
「アイリも覚えてないじゃん!」
「てかさ、なんでチバはあたしにメールしたの?」
「なんでって?」
「他にも書き込みあったでしょ?」
「それはまあ、なんていうか……」
「あんまなかった?」
「いやいや」
「女の子全部に出したの?」
「いやそれはどうでしょう?」
「誰でもよかったの?」
「まあ、ぶっちゃけ」
「………」
「………」
「こらチバ!」
「……はい、なんでしょう?」
「そこはアイリがよかったんだ〜!って言うとこだよ?」
「アイリさんがよかったんです〜!」
「チバのうそつきー!!」
「どうせぇっつ〜のよ」
「チバは前からこういう事してたの?」
「ん? メール?」
「そう」
「まあ、してたかな」
「してたんだ……。
 会ったりもしてたの?」
「会ってはないかな」
「うそつきー!」
「なんでやねん!」
「メールしてて会ってないわけないよ!」
「いや会ってないし」
「うそ」
「ほんと」
「うそー!」
「アイリさんと話が通じません。
 どうしたらいいでしょう?」
「誰に相談してるの?」
「みのさん」
「みのさんいないから」
「えー、いてよ」
「いません。チバはちゃんと答えてください。
 会ってたよね?」
「会ってません!」
「えー、なんで!? おかしいよ、ぜったい!」
「おかしいゆうなー。
 シャイなんです」
「シャイ?」
「そう、シャイ」
「シャイってなに?」
「シャイはシャイしぇしょ!」
「噛んでるよ、チバ。
 しゃいしぇよ! だって」
「……もう切ります」
「待って待って!
 ほんとに会ったことないんだ?」
「そうだよ! わるい!?」
「チバがキレたよ。女の子にキレるなんてさいあくー」
「ん? なんかそのセリフ、前も聞いた気がする」
「そなの?」
「うん」
「誰から?」
「アイリから」
「ほんとに? 知らない」
「たしか聞いたような……」
「チバは引きこもりだから会わないの?」
「なに、いきなり」
「そうなの?」
「引きこもりとか、そんな人を傷つけるようなことを言ってはいけません」
「どうなの?」
「まあ、そう」
「引きこもりか〜。ダメ人間ですね」
「ほっとけ」
「いいじゃん、引きこもり!
 あたしは好きかも。
 てか、チバは好きだよ」
「アイリ、ヘンな子だよ」



33


:おはよう〜
 今日も部屋にいますか?
 外はいい天気ですよ
:昼だよ?
 チバはお仕事中です。
 アイリは学校?
:お仕事してるんだ
 どんな仕事?
:パソコンのお仕事かな。
 まあ、色々。
:なんかイメージとちがう〜
 チバはもっとアホなはずです
:アイリは失礼です。
 チバは大人ですよ?
 もうわかったでしょ?
:アイリ、大人はあんま好きじゃないよ
 だめな人いっぱいいるよ
:大人はダメなもんなんだよ。
 それがわかったら大人になったってことなんだよ?
 アイリももう大人ですか?
:チバはひどい人だよね
 アイリは大人になったかもしれません
:アイリは大人になっちゃいましたか。
 チバはちょっとさみしくなりました。
 あんないい子だったアイリちゃんが〜!
 大好きなアイリちゃんが〜!
:やっぱりチバはひどい人だよね
 でもいいよ
 ひどくても、嘘っぽくても、チバの言葉なら信じられる気がする
:チバの言葉、嘘っぽくないよ?
 超正直者だし。
:チバは超うそつきだよ?
:失礼ですよ?
 チバは嘘つきじゃないです
 チバいい人ですよ?
:チバはやっぱりうそつきだよね
 でもいいんだよそれで
 チバ、好きだよ



32


「チバ、病気なの?」
「そう」
「外出れないの?」
「うん」
「ほんとに?」
「ほんとに。頭おかしいんだよ」
「そっか」
「………」
「あたしも、きっと頭おかしいんだよ」
「アイリが? なんで?」
「アイリね、バイトしてるの。
 カリンに言われたバイトしてる。
 あの子と一緒でしょ?
 あの子が頭おかしいなら、あたしも頭おかしいんだよね?」
「………」
「もう気にならないもん」
「僕はアイリがどんなでも、アイリが好きだよ」
「じゃあ、チバもやっぱり頭おかしいんだよ。
 きっとさ、だから好きになったんだよ、チバのこと。
 好きだよ、チバ」